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Atoa.が伝えたい、「ココカラ先へ」に込めた願い

Atoa.の神楽舞「ルアフ」より、踊る高橋亮
Atoa.の祈りの形の象徴、神楽舞「ルアフ」より


はじめに

2011年にAtoa.を結成してから13年。


なぜ今「ココカラ先へ」なのか。そしてAtoa.がこの先の世に伝えたいものは何なのか。

今回、出演者のひとりである久寿奏恵からそんな質問を受けました。


これをきっかけに、メンバーからの質問を更に追加。演出を務めるAtoa.代表・高橋勅雄が、それに分かりやすく答える形で掲載することにいたしました。

Atoa.が普段あまり語らない、ディープなお話です。 表現に興味のある方も、ぜひお読みいただければ幸いです。


(インタビュー原案:久寿奏恵)


 

「ココカラ先へ」公演のきっかけ


— 2024年1月に「ココカラ先へ」という公演があります。そのきっかけを教えてください。


仙台市市民文化事業団という、市が管轄をしている施設(日立システムズホール仙台)があります。

ひょんなことで、その施設の方からご相談を受ける機会がありました。


その内容としては、施設の運営にあたり浮き彫りになってきた、長所や短所についてです。 まずはそれをふまえ、現状をどうすべきか。そしてこの先の未来へ向けて、仙台で舞台という表現の場を残すには、施設としてどのような活動をすべきか、ということでした。


Atoa.の目的とも近しいところがあると感じたので、私たちが貢献できるなら、と関わることになったのがきっかけですね。


その活動の先駆けが、今回の『ココカラ先へ』という公演です。

市民文化事業団のみなさんと話し合い、コンセプトを出し合って、共に舞台制作に取り組んでいます。



— 「ココカラ先へ」というタイトルの意味は?


まずは「ココ」という言葉ですが、これは舞台作品だからこそできる、表現や共有の場としての「同時代性」と「現在地」を指しています。つまり、時間と場所ですね。


今、世の中には様々なコンテンツが溢れかえっています。

その中で、「いま、ココ」というのはとても貴重な空間なんです。その場にいる全員と、同じ時間に同じ場で、感覚を共有できる。

それを可能にするのが舞台作品の価値で、他のコンテンツにはない大きな魅力と捉えています。


またこの公演では、「いま、ココ」のさらに「先」を見ています。

音楽や身体など、様々な表現を通じて伝えることで、これからの未来に希望が持てるように。そういった願いを、このタイトルに込めました。


Atoa.のコラボレーションの原点である能楽師、津村禮次郎氏(2020年「TRANCEST」にて)
Atoa.のコラボレーションの原点、津村禮次郎 (2020年「TRANCEST」)

コラボレーションとAtoa.


— コラボレーションについてお聞きします。

Atoa.は結成後間もない頃から、他ジャンルとの垣根を越えたコラボレーションを行っています。それはなぜでしょう?


きっかけは、津村禮次郎氏です。

氏は、能楽師であり重要無形文化財保持者でもありますが、この出会いが他ジャンルへ興味を持ち、継続的にコラボレーションを行うことにつながりました。


和太鼓だけでない他のジャンルを触れられたこと、そして氏から指導や指示を仰ぎ、共に舞台活動を続けてこられたこと。


何より私自身の課題解決も含めて、とても多くのことを学ばせていただきました。

これがAtoa.のコラボレーションの原点だと感じています。



「型」のある文化と、ない文化


— 他ジャンルからの学びが、コラボレーションの原点なのですね。

ところで、高橋さんご自身の課題とは何ですか?


はい。長い話になりますが、いいですか(笑)。


「型」という言葉をご存知でしょうか。

守破離でいうところの「型」です。つまり基本ですね。

ビジネスでも「〇〇メソッド」みたいなの、聞かれたことがあるかもしれません。バレエにも基本の型があります。

つまり型というのは、文化の継承においてとても大切なものなんです。 たとえば礼ひとつするにしても、型を押さえておくだけで所作がピシっと美しく決まる。そういう基本と思っていただければ。


そして、私の課題というのは、「和太鼓には『これだ!』というような、確立された型が存在しない」ということでした。

日本最古の楽器で、縄文時代から存在しているのに。


一方で、能楽には型がきちんと継承されています。

数百年前の技術、衣装、所作、そして精神。

そういったものが書物など現代まで脈々と受け継がれている……。


この点が全く違うと知り、衝撃と同時に、能に対して深い感銘を覚えました。


和太鼓奏者として、この現実に疑問というか、歯がゆさのようなものをずっと感じていたんですよね。

和太鼓に型があったなら、と。


その課題を明確にするためにも、まずは能楽の型を知ることを強く希望し、氏に教えを乞いました。



守破離の「離」の境地と高橋勅雄が評する、津村禮次郎(2021年「棚機」にて)
守破離の「離」の境地と高橋勅雄が評する、津村禮次郎(2021年「棚機」にて)


文化の継承と表現における「型」


— 和太鼓に「型」が無いことが、なぜ問題なのでしょう?


理由のひとつとして、型がないと文化として継承しにくくなるからと考えています。


背景には、和太鼓という文化を書物などで継承することが難しかった、あるいは書き記す人物がいなかったからでは、と私は推測しています。

楽器の制作という段階から、演奏における技術まで、何らかの形で書物に記されて継承されていれば、違っていたのかもしれません。


そしてふたつ目には、表現という観点においてです。


ひとつひとつの型が身についていると、それらが連続して美しい「枠」つまり美しい所作や表現になる、と私は考えています。 舞台という表現の場において、一人一人の枠が美しいと舞台全体も美しくなります。

一方でその逆を言えば、たとえ和太鼓であっても舞台の一員として出演する以上、自分たちの枠が美しくないと、舞台全体を台無しにしかねません。 これは舞台人としてよろしくないな、と私は考えました。

この二点において、長い歴史があるにも関わらず、和太鼓は「型無し」ということになります。

ゆえにとても不思議な楽器だと感じます。

ですので、Atoa.結成の際、私は型というキーワードを重要視しました。 未来へ文化を継承することと、表現という観点。


私が思い至った結論は、型が無いなら自分で作ればいいのでは、ということでした。そうして、手探りでゼロから和太鼓の型を構築してみたかったのです。


幸い禮次郎氏も、その点において深く共感してくださいました。

そして、和太鼓の型を探り、現在にあてはめる作業を一緒にして下さったのです。


「ココカラ先へ」制作中の津村禮次郎(左)と高橋勅雄(右)
「ココカラ先へ」制作中の津村禮次郎(左)と高橋勅雄(右)

能楽師と作った「型」がコラボレーションの原点


— それで、能楽師と共に和太鼓の型を作ったのですか。面白いです。


そうですよね。(笑)

禮次郎氏から幾つものアドバイスや指導を受けながら、私は、それを和太鼓というジャンルに当てはめ、日々埋めていく作業を行いました。

そしてその作業が、違いを紐解けば紐解くほど楽しく、充実していることに気付いたのです。


— その作業がAtoa.のコラボレーションの原点だったと。


はい、そう思っています。

どちらも日本で産み出された文化ですので、共通点はあります。もちろん異なることも。

それらをひとつひとつ明確にして、「型」として基本を作りました。


相手との共通点や違い、そして似ている様でも実は違うところ。

そういったことを事細かに明確にして理解した上で、最終的に舞台というひとつのモノへ融合して集約し、共に創り上げる……この過程がもう本当に楽しくて。


そうすると、今までに感じたことの無い空間(舞台)が出来上がるんです。 私は、これこそがコラボレーションの本当の形ではないのかな、と思うようになりました。



— コラボレーションというよりも、それはコ・クリエーション(共創)に近いのでは。


そうかもしれませんね。

呼び方はさておき、私はそういうことをしたいのだと感じます。

そこまで深く相手と携わったからこそ、得られる感覚があるんです。

これが、Atoa.が他ジャンルとも継続的にコラボレーションを行ってこられた理由だと思っています。



「ココカラ先へ」製作中に談笑するAtoa.メンバー
「ココカラ先へ」制作中に談笑するAtoa.メンバー

— Atoa.として、単体での活動と他ジャンルとの活動とに、何か違いはありますか? 


言葉にするのが非常に難しい質問ですね……。(笑)


Atoa.単体での活動は、我々のスピリッツの解放をメインに制作を行う形が多いかもしれません。


Atoa.単体といっても、メンバーとの演奏は同じです。

ただAtoa.のメンバーは、自分とより近しい精神エネルギーを持った人間だと私は認識しています。

そういう近しい精神エネルギーの人間が複数集まり、爆発と解放を繰り返す。

すると、私ひとりでは辿り着けないところでも、メンバーと一緒だと辿り着ける。

そんな確率がより高いと感じます。


一方で他ジャンルとのコラボレーションは、先の津村禮次郎氏と同様に、違いと融合を楽しむような感覚でしょうか。


手法は異なれど、想いを共有し、違いをこと細かにして、最終的に融合する。

そうすると、共に辿り着きたい境地へ届く確率を上げられる……。そんな感じです。


— 他人との違いは、ストレスではありませんか。

日本ではよくも悪くも、周囲と同じであることを重んじる風潮もいまだにあります。


もちろん、ストレスは多少はあります(笑)。

ですが、良い舞台を創りたいという根っこの部分が同じであれば、違いは苦ではないですね。


そのような違いも楽しみながら、ストレスを受けながら、集中しながら、稽古を積み重ねながら、迷いながら表現する場が舞台でもあります。

また、その違いがあるがゆえに、単独公演とコラボレーション公演をバランス良く組み立てていく必要があるな、とも感じています。


パフォーマンスフェスティバルの写真、高橋勅雄
高橋勅雄(2023年「パフォーマンスフェスティバル」にて)

和太鼓の名手が求める境地


— 高橋さんが、表現で求めるのはどんなことですか?


私が個人的に大切にしている感覚があります。


それは、「自身が器となり、宮城の風を流す表現者になれているか」。

この感覚は、パフォーマーとして必要不可欠であると私は考えています。


つまり、観客の皆さまが「宮城の風」を感じていただけたのであれば、目指すところに辿り着けたのかな……と思います。


そして、天・地・人が良き形で三位一体となってバランスがとれた時、その姿が美しく価値があり、目が離せない状態にある、と私は思っています。

天とは、宇宙や神。地は地球、つまり大地や自然。そして人は私たち人間のことです。


— 宮城の風、三位一体ですか。


はい。そういった境地へ辿り着くべく、日々試行錯誤しながら稽古を行っています。

上手く言葉にできないのですが、なんとなくお分かりいただけたでしょうか……。(笑)


「ココカラ先へ」制作中のひとコマ(日立システムズホール仙台にて)
「ココカラ先へ」制作中のひとコマ(日立システムズホール仙台にて)

未来へ文化をつなぐこと


— 未来への文化継承について、お聞きします。

和太鼓は人気があり、全国各地に様々なサークルがあります。文化の継承がうまくされているように感じますが、高橋さんはどう思われますか。


うーん。(苦笑)

現代の日本の社会や文化において、和太鼓の地位を確立していくことは、とても難しいと感じています。

和太鼓は音が大きいので、そもそも稽古の場が限定されてしまいますよね……。(笑)


それから先に述べましたが、確立された「型」が無いこと。

型が無いことは誰でも楽しめて自由度が高い一方で、私のような者にとっては、軸がなく足元がおぼつかない感覚に陥るかもしれません。


こういったことから、高い精神性を有する伝統文化として未来へ受け継ぐことは難しい時代なのかな、と個人的には感じています。


― その難しい現代で、確立した「型」を、Atoa.はどう未来へ伝えていくのでしょう。


和太鼓の次世代の担い手育成のため、私たちは「Atoa.塾」というグループレッスンを行っています。


そこで大切にしていることが二つあります。

まずは他者との違いを認め、その上で共に演奏を創り上げること。そして新しいことにチャレンジすること。この二点です。

型や技術より、そういった精神こそが和文化の根源であると思っているためです。


それから、学校の部活動で書道パフォーマンスの所作指導なども行っています。

「型」というものは自分にあてがうもの。 和太鼓に限らずさまざまな表現で、生徒達にはそれを実践して体感してほしいと思っています。


書道パフォーマンスもある意味「型なし」「枠なし」の文化です。

だからこそパフォーマンスでは、自らの解放や表現も型に入れてあげる必要があります。そうしないと、全体として美しい表現にならないためです。 コミュニケーションを取り、互いに違いを認め合いつつ、枠を完成させる。 そうすると全体が素晴らしいものになります。


この感覚は、自ら実践しないと体感できないので、部活動を通して理解してもらえると嬉しいですね。


ただ文化を継承するには、どこかの段階で、いずれ書物か何かで後世へ伝える努力もしなければならないでしょう。まだ全く着手できていませんが……。(笑)



最後に

ー「ココカラ先へ」で、会場の方々に伝えたいことは。


先の話の繰り返しになりますが、「今、ココ」という貴重な空間の希少性を感じていただければと思います。

その場にいる全員と時間や場所、感覚を共有できる。

これこそが舞台作品の価値であり、他コンテンツにはない大きな魅力です。


いつでも見られる映像コンテンツがあふれる現代で、それがどれだけ希少なことか。

そういったことを皆さまに感じていただけるよう、舞台製作を行っています。


そして、私たちと近しい想いで各地で活躍する出演者が、仙台に集い、「今、ココ」で展開する舞台。

このような表現の場を未来へ残すこと、身体で表現することの必要性。そんなことも改めて感じていただけるような舞台にしたい、そう思っています。


 

あとがき

Atoa.というチームは、和文化の持つ精神性の高さを、和太鼓というツールで継承したいのだろう。そう感じさせられる。


祭りなどの祭礼ひとつとっても、その背景に込められた先人の祈りや願いがある。

それらも、元をたどれば後世を思って作られたものも多いはず。

自らを器として宮城の風を流し未来へ伝えるのが、Atoa.なりの祈りであり、願いなのかもしれない。


無形文化を高いレベルへ押し上げ、近しい目線の共演者を探し、文化の担い手や観客を育てつつ未来へ伝え広めること。現代の日本では容易いことではない。

ただ、宮城にこういう気概を持つ和太鼓チームがひとつくらいあってもいい。素直にそう思えた。








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